
パール・バックの「大地」二巻
王龍と阿蘭、二人の純朴で言葉少なな愛情の交流から始まった一巻。
二巻では王龍の死後、王龍の残した息子や娘、妻や妾たちが賑やかにストーリーを繰り広げます。
際立つのは登場人物たちのキャラクターの濃さ。
チューブから絞り出したそのままの絵の具のような登場人物たちばかりです。
「何のために生きてるんだろう」
「早く何もかも終わらないかな」
そんな沼のような気分に陥った時、手に取っていただきたい一冊です。
<大地(二)> 王龍の残した息子たちのご紹介
<長男・王大>
王龍の長男、王大は王龍の残した土地の地主となります。
しかし王大、働くことが大嫌いな快楽主義者。
宗教に没頭し、何かと王龍の無知を大げさにさげすむ妻から受けるストレスを 食欲で紛らわしているうちに、かなりの肥満体になってしまいました。
50を目前にして、自らの性欲を御しきれないことに悶々とした日々を過ごしています。
<次男・王二>
次男の王二は商人、そして投資家になります。
頭が切れ、かつ冷静で質実剛健。
抜け目なく財産を増やし続け、豪商となります。
王二を一貫して貫くのは「利益を得ることが一番」という理念。
決してぶれません。
家庭は円満で、肝っ玉母さんを絵にかいたような妻と共に、子どもたちをしっかり育てるよき父親としての顔も。
<三男・王三>
「王虎将軍」と恐れられるほどの軍人となります。
強さと同時に、当時戦争では当たり前だった「略奪」「強姦」を厳しく禁じ、貧しい農民を守るという強い理念を持っています。
そんな王三、少年の頃、ひそかに慕っていた若い少女の奴隷を 年老いた父に妾としてめとられたことが原因で女嫌いになった、というトラウマを抱えています。
30を超えて、初めて心惹かれたのは、自分が征伐した匪賊の隊長、豹将軍の恋人。
その美貌と頭の良さにすっかり骨抜きにされますが、彼女が実は裏で豹将軍を殺した王虎を討とうとしていることを知り、結婚式から間もなく、愛妻を自らの手で殺してしまいます。
際立つ名脇役たち
脇役たちのキャラクターの濃さもかなりのもの。
例えば…
<王大の長男>
少年の頃、軍人になりたいという熱い思いを父母に「跡継ぎだから」という理由で閉ざされてしまいます。
その後は、自分の身体を美しく保つこと、美しい自分の身体を愛でること、そして快楽を負うこと以外に興味のない美青年に。
王大はしげしげと、横になっている長男を見た。敷いているのは絹の布団だ。そして絹ずくめの服装をしている。靴は繻子で、香水をつけている肌は美女のようにきめがこまかい。髪は、外国製の香油でなでつけてある。長男は体を美しくするために、あらゆる苦心をしている。自分の体の柔らかさと美しさとを崇拝に似た気持ちで愛撫している。<大地(二)より>
<兎口>
容姿は人が振り返るほど醜いですが、王三が絶大な信頼を寄せられる部下。
美しく強い王三に無償の愛情を抱き、忠誠を誓っています。
彼が王虎に生命をささげるほど愛着を抱くようになった原因は、王虎がたけだけしい美青年であるためだったのは事実なのだ。(中略)王虎も彼の愛着を感じていた。彼は利益とか地位とかを望んでいるのではない。ただ王虎のそばにいられるということよりほかには、何の報酬も求めない不思議な愛着のゆえに彼についてきたのだから、王虎はほかの連中とは別にして彼を信頼していた。<大地(二)より>
大地(二)の時代背景は、清朝末期。
アヘンの香り漂う退廃的な空気感に包まれ、何人もの自己主張の強い面々も絶妙なバランスでまとめ上げられているところも作品の見どころです。
生きる力が湧いてくる
大地(二)に登場する人物たちは、トラウマや欲望、嫉妬や狡さを隠しません。
全てむき出しの状態で登場します。
亡き王龍の年若い妾、障害のため知能が育たない王龍の娘、身体が不自由な王大の末息子の三人が王龍の遺した土の家でひっそりと暮らしていますが、その三人もまた、異世界としての独特の存在感を放っています。
けれど、そのむき出しのありのまま加減に、枯れかけていた生命力が再生されるのを感じるのは私だけではないはず。
読み終えたとき、幼い頃にお母さんが言ってくれた
「大丈夫だよ」
の一言に深く感じた安心感。
それにとてもよく似た気持ちを覚えたのは、作者パールバックの人間という存在に対する深い肯定感に心癒されたからかもしれません。
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